インターネットが普及した後も、国土がアメリカのように広くない日本では、変わらず出張が続けられました。コロナウイルスにより、外出制限が出た後は、県を跨ぐ移動が制限され、令和2年ゴールデンウィークにおいても、新幹線の乗車率は10%以下といった状況でした。
多くの国民が待ち望んだ昭和39年以来56年ぶりに開催予定だった東京オリンピックは延期、高校野球は春夏ともに中止、プロ野球、サッカーJリーグの開幕は大幅に遅れ無観客で開幕をはじめ、コンサート、テーマパーク他、人が集まるようなところは、ことごとく中止、休園と、日常の当たり前の楽しみを我慢しなければならない状況になりました。
私自身も、ライフワークである企業視察訪問ができず3月中旬から5月の緊急事態宣言が解除されるまでは訪問ゼロ。6月に入ってから多少緩和されたものの、コロナウイルス流行前のように、毎日全国に飛び回っていたときのようには、なかなか戻りません。
「物の購入消費」よりも「経験消費」の方が幸福度は高い
旅行その他に使う「経験消費」は、「物の購入消費」よりも、幸福度が高く長続きすることが、様々な研究で明らかになっています。
例えば、関西学院大学の中里直樹らのグループの住宅購入に関する約15年間に渡り、自分の住んでいる家に不満があったために新しい家に引っ越した数千人を追跡調査しています。調査結果は、新しい家の方が幸福度は高いといった回答がほとんどでした。しかし、新居に移った直後の高い幸福度はしだいに薄れていきました。さらに、総合の幸福度にはあまり関係がなかったとの研究結果が残っています。
まさに、物の購入消費は際限がなく、且つ、数カ月もすれば幸せ感が薄れてしまうのです。一方、ウィスコンシン大学トーマス・デレイア教授が行った、人生の満足度を高めるお金の使い方、50歳以上の成人を中心にあらゆる生活支出を調査しています。冷蔵庫の中身から、アルコールまで、食費、住居費などの支出とその幸福度を関連づけて研究を続けました。
その結果、多くのお金を「レジャー」の項目に使う人たちの人生の幸福度が明らかに高いといった結果を発表しています。同教授が「レジャー」に分類したのは、旅行、映画、スポーツ、イベント、ジムといったいわゆる「経験消費」です。こちらも、住宅購入その他の「物の購入消費」が生活全体の幸せとの関わりは見いだせない結果になっています。
また、米ニューヨーク州のコーネル大学の心理学教授トーマス・ギロヴィッチ氏とトラビス・J・カーター氏は、「米国心理学会」が主催する『人格と社会心理学』誌の発表では、人は家族旅行などの「経験」に対しお金を使った場合、最初から高い満足度を得て旅行終了後も満足する気持ちが暫く続く、さらに、買い物で得られた満足度は、買い物した時のみに得られただけで、その後、継続されなかったとしています。
さらに、経験は、長い時間を経過した後もノスタルジアを生みます。社会学者のフレッド・デーヴィスは、ノスタルジアは「過去の幸せと達成を思い出させ、人を安心させる」うえ、「自分が価値ある人間だという自信を与えてくれる」と述べています。
しかし、冒頭に書いたように、コロナウイルスにより、世の中全体で移動や集まりなど様々な経験することに制約が掛かっており、多くの人の幸せを生む活動ができなくなっています。一方、コロナウイルスによる影響に関わらず、病気や障がいにより、こうした経験ができない方もいます。そうした中、疑似体験ですが、病気や障害を持つ方の幸福度向上に取り組んでいる企業があります。
制約を克服するバーチャル経験1 ぬいぐるみのための旅行代理店
「ぬいぐるみのための旅行代理店」といった変わった旅行会社が東京の赤坂にあります。
主たるサービスを簡単ですが、ご紹介したいと思います。
ぬいぐるみの持ち主は、所有するぬいぐるみをウナギトラベル株式会社 代表 東 園絵氏のもとへ宅配便などで送ります。ウナギトラベルは集まった何体かのぬいぐるみをカバンに入れ、時に東京都内を回り、時に列車で遠出をし、観光して歩きます。各地の風景などを背景にぬいぐるみたちの写真を撮り、自社のフェイスブックに掲載します。https://www.facebook.com/unagitravel/
こうした国内旅行からハワイ旅行まで様々です。
過去実施したHawaii Tour –ハワイツアー(3泊5日)は、14,800円税込みでした。持ち主は、フェイスブックページに掲載された自分のぬいぐるみが楽しんでいる様子を自分も見て楽しみます。ツアー終了後は、写真を紙焼きとCD-ROMにして、ぬいぐるみと共に持ち主へ送り返す。これでぬいぐるみは、無事帰宅となります。
ツアーを申し込む人にとって、ぬいぐるみは単なるモノではありません。ある人にとっては、病気や忙しさなどで自由に動けない自分の分身です。またある人には、亡くなった最愛の人の代わりになります。小さいときから一緒に生きてきた無二の親友という場合もあります。持ち主は、ぬいぐるみのことも、「これ」ではなく、大抵は「この子」と呼びます。このように、自分自身や親しい関係にある人は、病気や高齢その他、何等かの理由で旅行に行くことはできませんが、代わりにバーチャルですが、経験をすることで幸せを実感するのです。
制約を克服するバーチャル経験2 コミュニケーションテクノロジーの研究開発製造販売
株式会社オリィ研究所は、「孤独の解消」を実現するためにスタートした会社です。共同創設者 代表取締役 CEO吉藤 健太朗氏は、小学校から中学にかけての3年半、ストレスと自宅療養で不登校となりました。吉藤さんは、そうした経験から、自分の代わりに自分の意思を表現してくれるロボット開発(OriHime)に取組みました。
吉藤さんは、「自分が誰からも必要とされていないと感じ、辛さや苦しさに苛まれる状況」と孤独を定義しました。普段、移動(=外に出かける)、対話(=意思疎通を行う)、役割(=仕事をする)などを行うことで社会に参加しています。しかし、何らかの理由でそれらに支障が生じると、社会へのアクセス自体が閉ざされ、自分に無力さを感じ、人を避けるといった悪循環に陥ってしまいます。この社会への帰属感の喪失こそが孤独の原因と考え、社会とのコミュニケーションする役割を果たすのが、同社が開発するロボットOriHimeなのです。
オリィ研究所には、CTOであるソフトウェアエンジニアの椎葉 嘉文氏が参加し、OriHimeのソフトウェアが一気に進歩しました。さらに、理念に共感した医師の紹介で病院内での実用試験の場も確保できました。その後、改良を繰り返し、OriHimeが、病院と社会を繋ぐ試験利用や、ウナギトラベルのぬいぐるみのように、OriHimeによる海外旅行など、さまざまなシーンで使われるようになってきています。OriHimeは、インターネットを用いてPCから遠隔操作ができ、内蔵カメラの映像を見ながら会話することや遠隔操作で立ち上がって踊るといったことができますので、まさに、自分の意思が伝わっていることが実感できます。
以前、吉藤さんに、法政大学大学院政策創造研究科坂本ゼミに来ていただき、直接、お話をお聞きしましたが、当時は、まだこれからの状況で、資金的な余裕もなく、まさに、「志」が唯一の財産といった会社でした。現在、様々なメディアに取り上げられてブレイクしてきていますが、さらに、これからも多くの人が、OriHimeを使うことで、社会との繋がりを持ち、幸福度を高めていただきたいと思います。
ご紹介した2社の取組みは、バーチャル経験ではありますが、間違いなく利用者にとっての幸福度向上につながっていると思います。
現在、コロナウイルスの要因により、外出制限、テレワークにより、社会との繋がりは、以前と同じとはいきません。一方、ZOOM等遠隔によるオンライン帰省、オンライン飲み会など、また、異なった楽しみや便利さを経験しています。
病気や障がいがなく健康で、テクノロジーと通信インフラの進化のおかげで、ぬいぐるみやロボットのような自分自身の代理ではなく、遠隔で、同級生や友人と直接のコミュニケーションをとることができることは、本当に幸せでありがたいと感じます。
「Withコロナ」「新しい日常」といった表現が使われて、まだまだ様々な制約が続きそうです。リアルでなくても、オンライン、バーチャルでの経験を通して、幸福度を高めて、まさに、「新しい幸せ」を発見していきましょう。
結論を整理すると以下の通りです。
ポイント
- 「物の購入消費」よりも「経験消費」の方が幸福度は高い。
- 「物の購入消費」は一時的で、「経験消費」は、長く幸福を感じさせる。
- 「バーチャルでの経験消費」も、幸福度に繋がる。
藤井正隆
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